奈良部 千明 -生き物の背景が伝わるチーズを作りたい

 

2021年から2022年、私たちの仲間が二人増えました。

黒松内の農場で働きながらチーズ作りを始めた彼女たちを、私たち同様に宜しくお願いします。



 



畜産動物って面白い。獣医学部の日々

 

----- 非農家の奈良部さんが獣医学部をめざしたのは、どんなきっかけでしたか。

 

高校の時、「犬部」という大学生の動物保護活動を知りました。そこから北里大学獣医学部に興味を持って受験して、青森県の十和田キャンパスで理想の大学生活が始まりました。ただひとつ想像と違っていたのは、日々接するのが牛、豚、羊、ヤギだったことです。北里大の獣医学部は畜産学の流れを汲み、研究対象は主に家畜なんです。入学時は動物園の飼育員を目指していたんですが、そこで動物たちと触れるうちに、畜産動物を飼う仕事をしようと考えるようになりました。

 

奈良部千明(ならべ・ちあき)埼玉県出身。2016年北里大学獣医学部卒、18年北海道大学農学院修士課程修了。中洞牧場(岩手県)勤務を経て北海道のチーズ工房複数で研修。22年4月より弊社黒松内農場勤務。


----- 獣医学部では何を専攻したのですか。

 

3-4年次に入った研究室で、ヤギなどの反芻動物の消化機能を扱っていました。消化器官の中で何が起きているかを見ていくと、ヒトとは違う消化能力をもつ動物たちって、すごく面白いんです。それでもっと突き詰めたい、消化に大きく関わる微生物の研究をしようと思い、卒業後は北海道大学の農学研究院へ進みました。

 

◆タイ国調査旅行の衝撃

 

-----草食動物の消化器官内の微生物を研究しようと北大農学院へ。どんな研究を?

私が担当した研究の対象は、牛の放置糞便です。私のいた研究室には牛の餌に天然の添加物を混ぜて牛の出すメタンガスを減らすという研究があり、餌として商品化されていました。同じ物質を餌ではなく牛の糞便に混ぜた時の効果についても、ホルスタイン種では認められていました。

 

---- その天然の添加物って、何ですか。

 

普段は廃棄される、カシューナッツの皮の成分です。この研究を発展させて、東南アジアの牛ではどうか見ていくのが私の研究でした。日本では牛の糞は集めて堆肥にしますが、東南アジアでは粗放的な飼養(放牧など)により糞便の処理や再利用が進んでいないので、糞便からもメタンガスなどが放出されてしまうんです。それで同期と二人、北大の連携大学があるタイへサンプリングに行きました。

 

-----メタンガスは牛の体の他に糞からも出るんですね。それにしても牛糞を採りに海外へ?

 

はい、そのためだけに(笑)。私は水牛とタイ在来牛の糞便の採取で、同期の子は水牛のルーメン(第一胃)の内容物の採取が目的でした。彼女が屠畜場へ行くのに私もついていったんですが、そこで偶然、現地の大学が飼っている鹿3頭の屠殺を見ることになったんです。日本では家畜の屠殺は失神させてから行いますが、その施設は鹿を檻に追い込んで床が開く仕組みで、脚がはまって動けない状態の鹿をそのまま屠畜していました。私たちは血管を切られた鹿が暴れ苦しむすぐ横にいて、同期は直視できずしゃがみこみ、私も気分が悪くなって涙が出てきて……。

 

---- 日本の一般的な感覚からすると、衝撃的です。

 

それがこの旅で一番貴重な経験でした。動物をお肉として食べるというのはこの過程を通ることであり、私たちの多くはそれを知らずにお肉を食べているんだなと思いました。あれは誰もが受け入れられるような光景ではなかったけれど、事実として知っておく必要があるのかなと。それからは改めて、「動物を扱うなら、まるごと無駄なく利用したい」と思うようになりました。大学院を卒業して就職する時に中洞牧場を選んだのも、この体験が影響したかもしれません。

 

◆就職と旅と模索で生まれた思い

 

----- 牛を飼う仕事へ進んだのですね。

 

繊維質の餌を食べて生きていける牛という生き物。その性質を理解した上で飼うということを、実地で学びたかったんです。私は絵を描くのが好きなんですが、卒業する頃には「畜産動物の表情を伝えたい」と言う気持ちが生まれて、牛を描くようになりました。実際に草木に囲まれた環境で、たくましく生きる牛の表情はどんなものなのだろうか、身近に見たい、描きたい。牧場に就職した時の気持ちには、そんな部分もありました。

奈良部さんの描く牛は、表情豊か。

 

 

中洞牧場では仕事を通じてチーズにも興味が湧いていたので、会社の休暇を使って牧場やチーズ工房を訪ねて回りました。北海道では七飯町の山田農場、新得町の共働学舎、足寄町のしあわせチーズ工房などに伺ってすっかり楽しさを覚えました。アンジュ・ド・フロマージュに初めて来たのもその時です。その後も宮城、山形、栃木など車で回れる所を巡って、どんどんチーズ製造への想いが募っていきました。中洞牧場では自社製品の包装業務などが主な仕事だったのですが、すぐに辞める事は考えずに小さな単位でチーズの試作をしながら決断を固めていきました。やっぱりチーズに深く関わりたいと思った時、たまたま東京のチーズ工房で求人があったので、転職することにしたんです。仕事が始まったら腰を据えることになるだろうと思って、入社日までの5ヶ月間は共働学舎でチーズ製造研修をしました。休日には小栗牧場、美瑛チーズ工房などに伺いました。

 

----- チーズ三昧の日々の後、いよいよ東京の工房に入ったんですね。

2021 年 4 月から仕事が始まったのですが、結局個人的な事情で辞めることになりました。その期間はアルバイトを掛け持ちしていたけれど、実際は研修期間からずっと貯金を切り崩しながら過ごしていた。それで、いよいよこれはまずいぞという状態になり(笑)、いったん埼玉の実家へ帰りました。たまたま募集のあった狭山市動物園の飼育員に応募して、9月〜3月の期間契約で働きました。実家から車で片道1時間、勤務時間は8時半から5時。動物園の仕事は、体力的にはきついけどやりがいがあって、次期継続の話も出ていました。

 


----- アンジュ・ド・フロマージュから話があったのは、その頃?

 

まさにそんなタイミングの2022年2月、農場長の射場さんからメールで、「ヤギの飼育とチーズ製造をしませんか」と連絡を頂きました。実は前に一度、タイミングが合わずにお断りしたことがあって、でも東京の工房や動物園で働きながらやっぱりアンジュの事がよぎっていました。そんな時に声をかけて頂いたので嬉しくて、射場さんのメールを母に見せて「どう思う?」とすぐ相談して、飛びつくような気持ちで2月下旬、面接に行きました。聖子さんにお会いしたのはその時が初めてです。

 

-----そこから急展開で翌3月に採用が決まり、4月には黒松内で働き始めたんですね。


はい。ここまでくるお話が長くてすみません(笑)。


 


黒松内で、いま考えていること

 

----- やっとヤギの飼育とチーズ製造ができる環境になりました。今後やりたいことは?


聖子さんからは、射場さんの農場長の座を狙うのよ、と言われます(笑)。私のやりたいことは、畜産動物本来の生態や能力を十分に理解した上で、それに合う環境で育てることです。アンジュのヤギのミルクでチーズをつくりたいです。

 

----- アニマルウェルフェアのような考え方ですか。
 

はい。でも自分の考えを言葉でストレートに言うのではなくて、チーズを作って、チーズに助けてもらいながら発信していきたいんです。畜産に限らず、立場や経験で物の見方や考え方って変わると思います。それを単に意見として主張しても、なかなか受け入れられないような気がします。でも、チーズという誰もが手にしやすい食品を通してなら、動物の背景に興味を持つ人が少しずつ増えるかもしれないと思うんです。

----- 動物たちへの考えが表れたおいしいチーズ。最高ですね。

 

動物を利用する先に、命の終わりがあります。その時できる限り動物のことを思えば、余さず全てを使いたい。まだ先の事ですが、これからアンジュのヤギたちをしっかり育てて、皮も肉も活用していきたいです。//


 

 



アンジュの社員はそれぞれ自分のチーズを作り育てています。奈良部さんも、農場長の指導の下で製造を始めています。この農場でヤギたちの一番の理解者になろうという彼女がつくった牛のセミハードチーズは爽やかな味わいでした。羊のチーズも今から楽しみです。



(写真・取材・文/オフィスYT



※アンジュの常時お取扱店様では、主にモッツァレラと白カビタイプがお求めになれます。
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