射場勇樹 - アンジュの職人たちと、現在地点

スタッフインタビュー3回目は、農場長でチーズ職人の射場勇樹。新しい仲間を迎えた工房の今とこれからについて聞きました。





職人ごとのオリジナルチーズ


----- 新千歳空港のWine &Cheese北海道興農舎で、アンジュのチーズを見つけました。


定番と言えるのは、僕がつくるフレッシュモッツァレラと三浦さんがつくる白カビです。これら以外のチーズ、例えばセミハードタイプなどはイベントや催事に合わせて製造することが多いです。


----- 直接注文する時は、電話やメッセージで品物を聞いてから注文するんですね。


はい、お客様にはお手数をおかけしてしまうんですが、チーズを無駄にしないための方法なんです。ご連絡いただくと、季節や製造状況に合わせてベーシックなセミハードタイプや季節のチーズなど、その時ある中から選んで頂くことになります。


----- 工房ができた時から、職人ごとに作るチーズが決まっていました。


色々なチーズをみんなで作るのでなく、めいめいのオリジナルの一品がありますね。製造計画どおりに働くというより、自分が作りたいと思うものを作るほうがきっと仕事が楽しいでしょ?



チーズ職人が自ら手渡す歓び


----- なかなか高度なお話ですね。新たなお二人もそこを目指していくと。


二人には、工房で一緒に作業しながら覚えてもらっています。その中でこういうチーズが好き、というのがわかってきて、僕らがレシピ(製法)を起こします。例えば、何年間もアンジュのチーズを販売していた唯ちゃんには「もっとこういうチーズもあればいいな」という思いがある。今はそれを試作中で、完成すると1つ目の唯ちゃんのチーズになるはずです。



----- そして、自らつくったチーズを売りに行くんですね。


そうですね。経験上その方がチーズのことを伝えやすいし、勉強にもなると思うんです。二人は農場の仕事の傍ら外販にも行きます。まずは、その時に自分が作ったチーズをお客様に買って頂けるようになるのが目標。そして、三浦さんと僕もそうですが、チーズの仕事を全て自分でやる面白さや、その時々で本当に作りたいものを作る楽しみを感じられたらいいなと。


----- 実際、どんなふうに教えるのですか。


さっきお話したように、唯ちゃんは去年から三浦さんに白カビを教わって、オリジナルの完成を目指しています。千明ちゃんは初夏からセミハードの製造を一緒にやっています。わかりやすいように同じチーズを4日連続で、小型からだんだん大型に移るようにして、8月には彼女一人で大型セミハードを作りました。水分調整を工夫して、ちょっともっちりした食感を持たせたタイプで、おいしいですよ。



----- 大学からチーズ製造ひとすじの射場さん。教えるのも楽しいですか。


みんな自分のチーズを作るという目標が同じなので、一緒に作るつもりでやっています。これはありがたいことなんですが、2019年までは製造に追われて「どうやって出荷しよう」ということで頭が一杯でした。それがコロナ禍で急に時間が生まれたので、それまで日々製造しながら考えていたアイデアを検証する時間ができたんです。新しい二人のために作ったレシピの元は、それなんですよ。




身近なミルクをいかにおいしくするか


----- 射場さん自身、またはアンジュは、どんなチーズを目指していますか。


僕は昔から、他にないことをやりたがる性格なんです。今でも誰かと話すとフランスのチーズの名前が引き合いに出ることが多いけれど、僕はイタリア、スペイン、内モンゴルのように、日本であまり知られていないチーズの考え方に興味があります。内モンゴルでは干したチーズを食べました。あまりおいしく感じなかったけれど「これもチーズなんだ」と。「あれはどうすればよりおいしくなるんだろう」と考えるのも楽しいし、創作のアイデアにもなります。


----- チーズの原料は、黒松内町を含む後志(しりべし)地方の牛乳ですね。


そうです。僕らは牛のミルクを仕入れているので、そこは自分たちでは変えられない。後はどう作るかです。それだけに、実験やデータによる科学的アプローチを大切にしています。開業前は放牧酪農やオーガニックなど色々な飼養方法の牧場を訪ねて試作をして、どのようなミルクがどんな味わいになるのかを掴みました。その経験は日々の製造やレシピを書く時に役立っています。それも含め、多種多様なチーズの試作をしてきた経験が、「地元のミルクをよりおいしくする」という今の考え方に影響しています。




視野を広げてチーズを見つめる


----- ところで、アンジュの皆さんはレストランやワイナリーとの交流が多いですね。


さっきは作りたいチーズという言い方をしてきましたが、職人のこだわり品と、お客様に求められるチーズは別なんです。レストランに食事に行くようになって、それを実感しました。僕たちが白カビとフレッシュを大切にするのは、お客様である飲食店の方に求められるチーズだからです。また、レストランの人たちがチーズ製造や熟成にとても興味を持っていることも知りました。僕も、料理やワインのプロがチーズの熟成やアレンジをするのは、広がりがあって面白いと思います。


-----黒松内に来て自分でチーズを仕込むシェフもいますね。


レストランの方々はお客様ですが、親しくお付き合いしていくと「うちのお店のためにフランスの何々のようなチーズを作って」と言われることが多いです。でも、僕らはお手本のないチーズを作っている。海外のチーズに寄せて作ったものより、おいしい本物を使うほうがいいにきまっているからです。それならということで、気心の知れたシェフたちの依頼で工房で一緒に製造することはあります。


----- 飲食やお酒のプロから学ぶことは多そうです。


シェフやソムリエの方々と親しくさせて頂いて、ワイナリーに行ったり食事をしたりすると、思いがけない発見があります。たとえば、「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」(北海道洞爺湖町、~2020)時代に親しくさせて頂いた川本ソムリエに「日本にはなぜ酸凝固タイプがないの?」と聞かれたのは印象的で、しばらく自分の中に課題として残っていました。チーズだけ見ている僕よりも、広い視野を感じて楽しいです。


また、乳質について考えていた頃に「あらし山 吉兆」の大河原料理長とお話していたら、ふと「日本は水が違うのだから、(硬水の国の料理のような)濃い味をめざす必要はないよね」と言われたんです。以前から「ドメーヌタカヒコ」の貴彦さんからも、「淡い中にも複雑な味があるワイン」というイメージを聞いていたんですが、大河原さんのさりげない一言と曽我さんの言葉がひとつになって、やっと腑に落ちたんです。先ほど話した「土地で手に入るものを使っておいしくする」ことに僕がシフトしていったのは、その頃だった気がします。


-----視野を広げる事と、ひとつ事の追求。そういえば、いつも手近に本が積んでありますね。


今は前ほど読んでないかな(笑)。でも知らない世界に触れると、ものづくりって本物を持ってくる、手本のあるものをめざす、自分らしいものを作るなど、考え方もやり方もひとつじゃないなあと。僕は求められる中で、少しでも意味のある選択をしたいなと思っています。//



(写真・取材・文/オフィスYT




※アンジュの常時お取扱店様では、主にモッツァレラと白カビタイプがお求めになれます。
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