アンジュフォーラム2018 まとめ-1
北の暮らしの中の、美しいことや心地よいこと。
それらが集まる幸せな食卓を、黒松内から発信したい。
そんな思いで続く、食のフォーラムです。
テーマは「それぞれの10年、20年とこれから」。講演→クロストーク→立食交流会の三部構成は例年通りです。2018年9月1日に行われた2つの講演とクロストークの部分を、3回でお届けします。
(まとめ・Office YT 深江園子)
会は黒松内町教育長・内山哲男さんの開会挨拶でスタート。司会はアナウンサーの堺なおこさんです。
講演1◆曽我貴彦さん 「変わったこと、変わらないこと」
2009年に余市町登町(のぼりまち)へ移住した曽我さんと西村代表は2011年、黒松内のチーズ工房誕生の年に出会いました。曽我さんのワインは初リリースから毎年、この会の大きな魅力となっています。また今年2018年は、日本ワイナリーアワード5つ星を受けられました。数年前にお話したことと重なりますが、北海道を選んだ「適地」の考えについて少しお話しして、10年を振り返ってみます。ブルゴーニュ、アルザス、シャンパーニュなどのワイン銘醸地の条件は、積算温度と気候です。積算温度とは、1日の平均温度が摂氏10度を何度越えたかを一年間足した値です。植物の芽が動き始めるのが10度なので、これが作物ができる目安になります。僕が栽培するヨーロッパ品種のピノ・ノワール種に適した積算温度は1200〜1300度。そのくせ冬の寒さに弱いんです。僕の生まれた長野県で積算温度が合うのは例えば軽井沢町。でも、マイナス10度以下になるのに雪は少ない。少し麓のほうの東御(とうみ)市や上田市はワインぶどう産地ですが、積算1600度で雪が少ない。冬は樹に藁を巻いてようやく冬を越しています。このように、本州で適地を求めて標高の高い土地へ行こうとすると最低気温が厳しい。その点、北海道は雪が積もるので、雪の下はマイナス2〜3度という場所がある。本州でも(積算1200〜1300度で)雪の降る土地を調べたのですが、最も凍害が怖い3月中旬には雪が溶ける。そこへ寒の戻りが来たら、樹は凍ってしまいます。北海道は冬の間じゅう根雪が続くので、樹が雪から顔をのぞかせる頃には気温はプラスになる。この気候がワイン造りにとって魅力であり、世界でも意外に少ない特徴なのです。ヨーロッパの標高の高い土地でブドウの木がなぜ冬を越せるかというと、地中海気候の影響で冬が温暖だからです。もう一点、ピノ・ノワールは暖かすぎると味や香りが乗らない。これも北海道が注目される理由です。雪の量がすごいので諦めてしまう方も多いのですが、僕はこの気候こそ、良いものをつくるには確実に有利だと思っています。・改めて、ワインブドウを余市で植える訳
・“ナナツモリ” ことはじめ
うちの畑は譲り受けた時、7種の果樹のあるとてもいい果樹園でした。ブドウを植えるために抜根してしまいましたが、子ども達に語り継げるようにと思って、ナナツモリという名で呼んでいます。東京ドーム1つ分の伐採抜根なんて、春に間に合わない…と焦っていたら、北海道には農業土木会社というのがあるんですね(笑)。木だけ切っておけばなんとかなるぞと聞き、3月にひとりで伐り始め、先輩たちに 「リッパ(土の破砕)は深めにかけておけ」 と言われた通りにして(水はけが改善して本当に良かった!)、4月末にはロータリー(耕うん機)がかけられる状態になりました。さて何をどう植えようか、夢いっぱいです。当時は既存と違うものを植えようという生意気な考えでした。地元の先輩農家さんたちは感性が鋭いので独特のやり方をしています。例えば畝間は世界的に1.5m、でも余市では2m。剪定も違います。自分は敢えてヨーロッパの方法を試みたのですが、先輩の言うことを聞けばよかったと思うような失敗も多々ありました(笑)。でも、たくさん失敗したことで新しい経験もできました。若くてよそ者だから失敗する元気もあったのでしょう。できれば新しい方にも、多少失敗しようがどんどんチャレンジして欲しいです。
例えば重機は土を硬くするから畑に入れるまいと思っていたのが、今は年1回入れています。ブドウの枝を剪定するように、土の中の根もトラクターで切って剪定するのです。また、畑の草もブドウ栽培の一部という考え、これも一律には言えません。草ぼうぼうだと周りの農家さんに嫌われるし、動物が住み付きやすい。だからといって一度に刈ると、その後は根の浅い草が主流になります。土の中の状態は、ギシギシやタンポポのように根が深く伸びる草もあったほうがいいのです。こんな風に、僕自身も経験によって判断が変わっていきました。
・正解を知るには年月がかかる
うちのブドウは、品種で言えばピノ・ノワール1種だけです。先輩農家さんには「1品種で大丈夫?」と言われましたし、確かにリスキーですので、ピノ・ノワールの中でも13系統を植えています。系統とは、枝変わり(突然変異)を接木で増やしたもの(クローン)です。ピノ・ノワールは接木で増やしてきた歴史がとても古いので、クローンなのに各国のピノ・ノワールがなんとなく違います。試した結果、スイス、ドイツ、シャンパーニュなど北寄りの系統が比較的よいとわかりました。ただ、とびきり美味しい味を求めるならブルゴーニュのピノ・ノワールがいいと思っていて、これは植えています。 40年ほど前、余市ではクローン不明のピノを植えてみて、これは安定栽培に向かないという結論になったそうです。その樹のクローンを30aだけ植えましたが、実が着きにくく色付きや糖度も足りなくて残念でした。 樹が根を深く張っていけば、30年先にどれがよかったかわかると思います。
今年の北海道は珍しく梅雨がありました。開花時期の雨が響いて主力の系統が全くダメでした。ところが多収だが品質は今ひとつと思っていた系統がとても良い房になりました。10年前、手探りでドキドキしながら植えたうちの一つです。また、木村農園さんでは余市系統の樹から3種ほど選抜して持っています。そのうち1種を分けてもらってうちも植えたのですが、これも比較的安定しています。今年は他の種がダメだったのに比べると、もしかすると余市の気候風土に合っているのかもしれません。こんなわけで、新規就農の方から「どの系統がいいか」と聞かれても、自分の畑に全部植えてみた方がいいよ、としか答えようがないんです。
・畑に従ったワイン造り
農法は有機栽培、化学合成でない農薬(ボルドー液など)や微生物を使うやり方です。この農法の最大の課題は、自然界にない化学合成農薬を使わずいかに「虫」と「病気」を防ぐかです。余市で有機栽培の経験を積んでいなかったため、畑でブドウが穫れはじめた2012年〜2015年に、3割〜7割のブドウ房に貴腐と言われる灰色カビ病が発生してしまいました。花カスにつくカビが原因の病気で、これは北海道のワインブドウの主な病害でもあります。防除したいが、うちは有機栽培なので薬剤は使えない。ピノ・ノワールが貴腐に感染したら、病果は全て捨てるのが余市での常識です(世界の常識でもあります)。貴腐菌には脱色作用があり、赤ワイン造りを困難にさせるからです。しかし、ありがたいことに、たくさんの方(200人以上)が手弁当で収穫に来て下さり、貴腐に感染したブドウと健全なブドウを粒単位で丁寧に畑で選別して下さいました。(今は家庭の掃除用のブロワーで花カスを吹き飛ばす方法で病気を防いでいます)。そして選別した貴腐ロット(腐ったもの)は、それはそれだけでうちの方法で醸造を行いました。半ばレーズン状になった果実を集めて醸造すると、とても甘くなる。アルザスやドイツの貴腐ワインのイメージです。選り分けたカビだらけの貴腐の実をダメ元という気持ちでタンクに入れたところ、このオレンジ色のワインに化けました。「ナナツモリ ブラン・ド・ノワール」です。これがチーズや余市の海産物にもよく合います。うちの研修生の中には主にピノグリを植えて、貴腐に感染させることを前提で始めた農家さんもいます。世界でも”綺麗な”貴腐を安定して発生させることが出来る産地は少ない。これをプラスと捉え、余市で新たなワインが生まれていくと思います。さて、病気の次は虫のお話です。2014年にツヤコガというガが大発生しました。ショウジョウバエより小さく、葉を穴だらけにして葉の中に卵を産みます。葉がダメになると、実はつくけれど品質が下がります。ところが、僕の友人であまり草刈りをしない中澤ヴィンヤードさんの畑ではツヤコガはほとんどど発生しない。うちの畑と比べてわかった原因は、草刈りでした。うちは冬の前にきれいに草刈りしていたので、幼虫が天敵に襲われることなく越冬が出来、翌年に発生しやすかったようです。今はネズミが怖いから外周は丁寧に刈りしますが、中側は刈らずにしています。また、一般に痩せ土は欧州系のワインブドウには良いと言われますが、痩せ土には草が生えず、草がないと虫がぶどうに一層集中する。草を生やしていても虫がくるし、綺麗にしすぎても虫がくる。そのバランスを見つけようと今も試行錯誤でやっています。農
・継ぎたくなる農家になろう
畑で起きる事の原因や本質を探ろうと深い穴を掘り続けると、時に周りが見えなくなってきます。理解したと思っても、氷山の一角を見ただけでその裏側は見ていない。自然農法の提唱者、福岡正伸先生の本を読んでから、感性、見えない部分を知覚することを意識しています。ワインブドウ栽培はハウス農業ではないので、マニュアルで太刀打ちできない一面がある。そもそも農業は自然に手を加える作業です。不自然な畑を「自然に営む」の?と違和感を感じる自分が、感受性も活かしながら自然と農業の接点をどう引くのか。難しいけれど、自分のやれるラインを引くべきなんだろうと思います。
僕は10年やってみて、農家をやるなら継続性が大切だと思うようになりました。だから周りから真似されるような農法を選んで、息子が後継者になった時に嫁さんがくるような夢のある農業をしたい。農業は答えが出るのに長い時間がかかる。僕が所詮北海道民ではなく長野県民で、一代で北海道の気候を理解したとは言えない。だから農園が続いて欲しいのです。
・ワインで日本らしさを表現できるか
以前ここでもお話ししましたが、僕は漬物、味噌醤油に風土(テロワール)を感じます。地域によって野沢菜漬ができたり、奈良漬ができたりする。そこには気候、原料、地元の人の嗜好や歴史も関係します。人が絡んでくるのが風土だと思いますし、それを大企業ではなくて農家が作れるのが、風土の味だと思います。小さなワイナリーのワインと、管理の行き届いた大工場のワインを並べて考えるのは、違う気がします。
日本の味覚の特徴はうまみです。欧米で野菜や果物の味にうまみという表現は出てこないのですが、フランスのジュラ山脈地方のワインはうまみに溢れています(現在の例としてピエール・オヴェルノワやエマニュエル・ウイヨンなどがあります)。これがヒントになり、日本のワインもうまみに注目しています。次の目標はと言われると難しいのですが、おいしさの先にある「美しい味」、香りや味に日本人の感じる美しさを求めていけたらと思います。先ほど皆さんに、澱引きしていない赤ワインを少しずつお出ししました。ワインはボトルに詰めた後も味が変化していくのですが、今の自分のワインの飲み頃は春夏秋冬で例えるなら秋だと思います。四季の中でも特に美しく豊かな日本の秋の印象や、日本独特の湿った香りまで感じられるようなワインはできないかと。そうしたイメージの片鱗になるかどうか、試しにお出ししてみました。昔、ヒュー・ジョンソンの本に「ワインを醸す者は農民で芸術家…労働者で夢追い人、快楽主義者、錬金術師、会計士」とありました。キロ200〜300円のぶどうが、絞ってワインにすると1本3000円になるかもしれませんからね(笑)。今改めて、そんなことないか、でもあるかなあ、などと思い巡らせています。//(2018年9月1日)
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